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あらゆる物事をM視点で語るブログ

日々妄想

クローゼット

自身の性的指向等を告白することをカミングアウトと言いますが、その対義語として、告白していない状態のことをクローゼットと表現するそうです。
wiki曰く、クローゼットを当人の心に見立て「(性的指向を)隠している状態」(in the closet)と「表に出した状態」(come out of the closet)に性自認の扱いを示していると。
私はカミングアウトしていないマゾなので、クローゼットマゾとなるわけですかね。

ところで、少し前に『J・エドガー』という映画を観ました。FBI初代長官にして、その後50年以上もの間、長官であり続けた実在の人物J・エドガー・フーバーの半生を描いた作品です。
wwws.warnerbros.co.jp/hoover/index.htm
リンク先の予告編を見ると、J・エドガー・フーバーを通してアメリカ近代史をなぞりつつ「アメリカの正義」を炙り出すようなお堅い作品を想像してしまいますが、実際は違います。これはクローゼットゲイの悲哀を描いた作品なんですよね。
もうね同じクローゼット仲間(?)として感情移入しまくっちゃって、最後には号泣してしまいましたよ。さすが、クリント・イーストウッドだと。
この調子で、クローゼットマゾの悲哀を描いた作品も作って欲しいですね。クローゼットマゾだった歴史上の人物もいるでしょうし。

…クローゼットマゾの悲哀…。
…クローゼットマゾの悲哀…。
何なのでしょう、この重さに欠ける感じ(笑)
これが

クローゼットマゾ男の悲哀

となると、さらに目も当てられない。というより最早、クローゼットとして扱われるのが好きなマゾ男といった意味を持ってしまっている。
そういえば、クローゼットに閉じ込められるのって憧れますね。で、クローゼットの中からご主人様と彼氏の逢瀬を覗き見るのです。
ふむ、私は二つの意味でクローゼットマゾなのですな。
この場合
クローゼットマゾ男の悲哀(笑)
といった感じですけど。


話が逸れました。
とはいえ、クローゼットであることの息苦しさみたいなものは感じます。クローゼットゲイの方が感じるそれとは比べるべくもない程度のものでしょうけどね。
だからこそ、自分の性癖を知ってる方々のコミュニケーションには大げさな表現になってしまいますが、救われる思いがします。別に性に関するものでなくてもいいんですよね。ほんの些細な会話でも気が楽になります。よく、ご主人様の側にいるだけで幸せです等と祝勝なことを言うM男がいますが、あれ本当なんですよね。マゾとしてそこにいる、それだけで救われてしまうのです。
…と言いつつ、アソコは虐げられる期待でギンギンだったりするのですが。
やっぱり、ある程度はクローゼットを開いた方がいいのでしょうね。それこそ空気の入れ替え程度でも。
というわけで、またブログを書いていこうかなと。
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makoto139

Author:makoto139
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