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あらゆる物事をM視点で語るブログ

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M視点で語る映画③『アンチクライスト』

実生活で密かに尊敬している女性がいます。
その方は会社の同僚(年齢は下)なのですが、私なんかとは比べものにならないほどやり手なんですね。それでいて、努力家で。しかも、優しいんですよね。当然、人望も篤くて後輩の女の子なんか羨望の眼差しです。
それを見るたびに、俺も堂々と羨望の眼差しを彼女に向けたいなあなんて思うのですけど。早く出世して私の上司になってほしいものです。
…なんて、マゾの私が書くと下心が見え隠れしていけませんね。マゾ的な下心はないですよ。彼女は尊敬の対象ではありますが、跪きたいと思うようなマゾとしての欲望の対象ではないのです。今のところは。
ただ、彼女との付き合いの中で二回だけ欲望の対象になった事があります。
一度目は私が仕事上でミスをして彼女に厳しく注意を受けた時です。情けない話ですが、彼女を怖ろしく感じたものです。無性に跪いて許しを請いたくなりました。
二度目は忘年会か何かのお酒の席で彼女とお話した時です。どういったきっかけか、彼女が今お付き合いしている男性についての話をはじめたのです。
彼女は相当にその男性を愛しているようでした。彼女は言っていました。
彼との子供を産みたいと。他の女性と話しているだけで嫉妬で気が狂いそうになると。彼を殺したいと。彼に殺されたいと。性生活に関するかなり際どい話もしてくれました。
つまりは、女性としての自分の話を赤裸々に語ってくれたのです。女性としての彼女は、社会人としての彼女など比べものにならないくらいエネルギーに満ち溢れていました。
その時、私が覚えた感情は「畏怖」だったのだと思います。
彼女の強烈なエネルギーを受け、マゾの欲望が膨れ上がっていきました。何もしてないのに射精してしまいそうでした。あと少しのきっかけがあれば、私は涙と精液を同時に流しながら彼女の足元に跪いたことでしょう。危ないところでした。

彼女の才能への尊敬とはまた別種の、もっと根源的な畏怖。いわば、女性の女性としての一面への畏怖というのは、もしかしたら男なら一度や二度感じるものなのかもしれません。
跪きたくなったり、射精しそうになったりするのはマゾたる私くらいでしょうが。
以下、ネタバレ注意

この作品によると16世紀のキリスト教文化圏では女というだけで迫害されていたそうです。
それは女性の女性としての一面に対する反応の一つの形ではなのでは、と単純な私は思ってしまいます。女性の女性としての一面に畏怖し、悪魔(=アンチクライスト)として迫害したのだと。
そして、本作は女性=悪魔=アンチクライストというキリスト教的(と監督が考える)価値観に乗っ取って作成されたように見えます。
そりゃあ、後味悪いストーリーにもなりますわな。悪魔が救われる事はないですから。逆にいうと、後味のいい救いのあるストーリーにしてしまったら、タイトルに偽りありとなってしまいます。
救いのあるストーリーにするなら、タイトルを『アンチクライスト』(反キリスト)から脱キリストにしなければならないのでしょう。
そう考えると、キリスト教批判の映画だったともいえるのかもしれません。反キリスト=アンチクライストな映画。

…って、キリスト教に無知なマゾの戯れ言ですけどね。


それにしても、かつてこれほどまでに森を恐ろしいものとして描いた作品があったでしょうか。今、思い返しても背筋が寒くなります。
異界としての森を描いた作品といえば、私なんかはとなりのトトロが真っ先に思い浮かのですが、まあ大違いですね。あの森に住むトトロは鬼のような形相をしているのだろうなあ。


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